前回の記事では、子どもの頃、家に借金取りが来ていたにもかかわらず、
誰からも説明されないまま過ごしていた出来事を書いた。
ここでは、あの時何が起きていたのかを、
少し距離を置いて整理してみたい。
説明されない家庭で起きていること
家に借金取りが来るというのは、本来とても大きな出来事だ。
大人であっても恐怖を感じる状況で、
子どもにとってはなおさらである。
しかし、私の家ではその出来事について
「説明」だけが、意図的に省かれていた。
なぜ来たのか
どんな問題があるのか
これからどうなるのか
そういった話は一切なく、
ただ「出るな」「聞くな」という指示だけが残された。
これは「子どもを守っている」のではなく、
問題から目を背ける大人の姿勢だったのだと思う。
子ども側に残るもの
説明されないまま恐怖だけを体験すると、
子どもは次第にこう学習していく。
分からないことは聞かないほうがいい
家の問題には触れないほうがいい
考えないほうが安全だ
その結果、
「何も聞かない子」
「察する子」
「自分で判断しない子」
になっていく。
恐怖は共有されず、
理解だけが後回しにされる。
だから大人になってから、
点と点が突然つながる瞬間が訪れる。
「後から分かる」構造の怖さ
私の場合、それは母の死後だった。
借金取りが誰だったのか、
なぜ父が出ようとしなかったのか、
なぜ私が振り込みをする立場になったのか。
すべてが後から理解できた。
しかしその時には、
もう選択肢はほとんど残っていなかった。
これは偶然ではなく、
説明しない家庭で繰り返されやすい構造だと思う。
親子ローンへとつながっていくもの
この「説明されない構造」は、
やがて親子ローンという形で表に出てくる。
内容は詳しく説明されない
善意や家族を理由に決定される
子ども側は判断材料を持たない
そして後から矛盾に気づく。
親子ローンは突然始まるものではなく、
子どもの頃から続いていた
沈黙と回避の延長線上にあるのだと思う。
最後に
家に借金取りが来ていたことよりも、
私にとって本当に重かったのは、
「何も説明されなかったこと」
「怖さを一人で抱えさせられたこと」
だった。
あの家で生きるために身につけた
「何も聞かない」という態度は、
大人になってから、
自分の人生を縛る癖にもなっていた。

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