【貧困家庭体験談】母の借金を知った日、家族の見え方が変わった

このブログは、親や家庭の事情によって「お金」と「選択」を奪われてきた人に向けて書いています。

※本記事は、著者がKindleで公開している体験談をもとに、ブログ向けに構成したものです。

これは、誰かを責めるための記録ではありません。
はっきりした事件が連続したわけでもなく、毎日が地獄だったという話でもない。
ただ、説明されない出来事が積み重なり、静かに人生の選択肢が削られていった――その過程を残しています。

## 家の空気が変わった朝

平日の朝だったと思います。
学校へ行く前だったか、起きて少し経った頃だったか。

母親が泣きながら父親に何かを話している光景だけは、今でもはっきり覚えています。
理由は分からないまま、家の中に「いつもと違う空気」だけが残っていました。

子どもながらに、
「何かがおかしい」
そう感じた最初の瞬間でした。

## 車の中で聞かされた借金の話

その週末、父親と二人で出かけた帰り道。
車の中で、母親に借金があることを聞かされました。

原因はパチンコ。
金額は100万円ほどだと。

当時は金額の重さは分かりませんでしたが、
「大変なことなんだ」という空気だけははっきり伝わってきました。

不安になって、
「この先、大丈夫なのか」と聞いた記憶があります。

でも、安心できる答えはもらえませんでした。

## 分からないまま、何も起きなかった日常

その後、家の中が大きく変わったわけではありません。
怒鳴り声が増えたわけでもなく、生活が一変したわけでもない。

説明もないまま、日常だけが続きました。

だから僕は、
「もう終わった話なんだろう」
そう思い込むことで、不安に折り合いをつけていました。

## 無意識に選んだ役割

分からないことは聞かない。
余計なことは言わない。

問題を起こさず、空気を悪くしない。

誰かに言われたわけではありませんが、
そう振る舞う方が家が静かに保たれる気がしていました。

当時の自分に「我慢している」という自覚はありませんでした。
それが普通で、それ以外の選択肢を知らなかっただけです。

## しばらくは「何も起きていなかった」

母親の借金の話を聞かされたあと、
しばらくの間、家の中では大きな変化はありませんでした。

ただ、その時期に強く覚えている出来事が二つあります。

## 母親が職場で倒れた日

母親が職場で倒れたと聞きました。
原因は血圧が高かったからだそうです。

その日のうちに帰宅し、
「大事には至らなかった」という扱いでした。

詳しい説明はありませんでした。

## 借金が1000万円を超えていた夜

ある夜、突然父親から告げられました。

「借金は1000万円以上ある」
「うちはもう終わりだ」

その横で母親は号泣していました。

突然投げ込まれた数字と言葉に、頭が真っ白になりました。

正直に言えば、
「もういい加減にしてくれ」
その気持ちが一番強かったと思います。

その夜、母親は泣きながら家を飛び出しました。
気づけば、僕も外に出て走っていました。

夜の駅前まで走った記憶だけが残っています。

## 何事もなかったように始まる翌日

母親は深夜に帰宅しました。
理由は「僕と暮らしたかったから」だそうです。

翌日は、本当に何事もなかったかのように始まりました。

借金がどうなったのか。
「終わりだ」という言葉が何を意味していたのか。

何一つ説明はありませんでした。

## 高校進学と、漂うお金の不安

時間は進み、僕は高校に進学しました。
学費がどうなっていたのか、今でもよく分かりません。

高校に入ってからアルバイトを始めました。
説明されなくても、
「家にお金が足りていない」
その空気ははっきり伝わってきたからです。

## 毎月のように渡していたお金

しばらくすると、母親から言われるようになりました。

「ちょっと貸してほしい」

金額は毎月2〜3万円。
一度きりではなく、毎月です。

断ろうとすると、
泣き喚きながら食い下がられました。

借金取りに何をされるか分からない。
お願いだから助けてほしい。

怖さと混乱の中で、
結局お金を渡していました。

## 進学できると思っていた

高校卒業が近づき、進学を考えていました。

母親に相談すると、
「進学していいよ」と言われました。

否定されなかったことで、
「大丈夫なんだ」と受け取っていました。

受験をして、卒業して、
あとは進学するだけだと思っていました。

## 突然告げられた「進学は無理だ」

ある時、準備の話をすると、
父親が淡々と言いました。

「学費が払えないから、進学は無理だ」

横で母親は、
「行かなくて良かったよ」と言いました。

それで話は終わりでした。

## 周りには説明できなかった

周囲には進学すると伝えていました。

でも、事情は話せませんでした。

結局、
「面倒になってやめた」
そう言うしかありませんでした。

いい加減な人間だと思われたはずです。

家庭の事情は外では存在せず、
結果だけが評価として残りました。

## 進学しないまま続く日常

進学がなくなっても、家の中は変わりませんでした。

母親は相変わらずお金を求め、
家の物は少しずつ減っていきました。

後から、質屋に持っていっていたと知りました。

何が売られ、借金がどうなったのか。
説明は一切ありませんでした。

## 相談しても、何も変わらなかった

父親に相談したこともあります。
でも、何も変わりませんでした。

その時、
「何を言っても意味がない」
そう思うようになりました。

期待すること自体を、やめていたのだと思います。

## 選んでいるようで、選べていなかった

今振り返ると、
自分で選んでいるように見えて、
実際は選べる状態ではありませんでした。

進学も、将来も、
家の中では語られないまま。

説明されない現実の中で、
時間だけが静かに進んでいった――

そんな時期でした。

この記事に書いたことは、特別に劇的な出来事ではありません。
ただ、説明されないまま現実だけが進み、
気づかないうちに選択肢が削られていく家庭で、
確かに起きていた日常です。

もし、
・理由を説明されないまま我慢してきた
・お金の話が怖い、分からないまま大人になった
・「自分で選んだはずなのに、選べていなかった」と感じている

そんな感覚に心当たりがあれば、
この記録が、あなたが自分の状況を言葉にする一つの材料になればと思っています。

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