【親子ローン体験談】「人生を変えたかっただけ」

■ 話すまでに1週間かかった理由

父親と話をするまでに、1週間ほど時間がかかりました。
理由は単純で、私自身が話すことを避けていたからです。

怒りがなかったわけではありません。
ただ、感情はどこか鈍く、強く怒ることも、深く悲しむこともできませんでした。
現実だけが重く横たわり、心が追いついていないような感覚でした。

■ 覚悟を決めて向き合った日

それでも、いつまでも避け続けるわけにはいかないと思い、
私は覚悟を決めて父親と向き合いました。

私が伝えたのは、ずっと心の中で決めていたことです。

「同居を解消したい」

■ 最初に返ってきた言葉

すると父親から返ってきた言葉は、
驚きでも、戸惑いでもありませんでした。

「そしたらこの家は残らないよ」

私は思いました。
――第一声が、それなのか。

家族のことでも、生活のことでもなく、
「家が残るかどうか」が最初に出てくることに、言葉を失いました。

■ 家を買えるかという問い

私は続けて尋ねました。

「俺は、家を買えるのか?」

父親は少し考える様子もなく、
「買えるんじゃない?知らないけど」
と答えました。

私ははっきり伝えました。

「買えないよ。俺はこの家の連帯債務者だから」

それでも、会話は噛み合いませんでした。

■ ずっと聞けなかった質問

そこで私は、
ずっと心の奥にしまい込んでいた質問を投げかけました。

「なんで、この家を買ったの?」

父親は、少し間を置いてこう言いました。

「人生、変えたかったから」

■ 父親像が崩れた瞬間

その言葉を聞いた瞬間、
私の中にあった父親像が、音を立てて崩れました。

無職だった時も責めなかったこと。
母親の借金が発覚した時も、必死に働いていたこと。
私はずっと、
「家族のために頑張っている父親」
だと思っていました。

■ 見え始めた別の景色

けれどこの時、初めて気づいたのです。

この家も、このローンも、
父親自身の「人生を変えたい」という願望の延長だったのではないかと。

そこに、
私や母親の人生がどうなるかという視点は、
本当にあったのだろうかと。

■ 境界線が引かれた出来事

この瞬間から、
私の中で見える景色が変わり始めました。

父親の人生と、私の人生は別物だということ。
そして、
自分の人生を守る責任は、自分にしかないということ。

その境界線が、
静かに、しかし確実に引かれた出来事でした。

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