【親子ローン解説記事】なぜ「話し合い」をしても、何も決まらなかったのか

あの話し合いを振り返って、

後になって強く思うこと

あれは、本当に「話し合い」だったのだろうか、ということです。

時間を作り、
向き合い、
2時間近く話をしました。

でも、結論は出なかった。
何も決まらなかった。

それは、私の伝え方が悪かったからでも、
父親が頑固だったからでもなく、
そもそも話し合いが成立する条件が揃っていなかったからだと思っています。

話し合いには「前提条件」がある

話し合いが成立するためには、
最低限、次のような前提が必要だと思います。

・お互いに「決める意思」があること

・相手の話を聞き、受け取る姿勢があること

・現実的な選択肢を一緒に考る余地があること

でも、あの場にはそれがありませんでした。

私は
「同居を解消したい」
「自分の人生を自分で選びたい」

という意思をはっきり持っていました。

一方で父親は、
「それは困る」
「何とかならないか」
という立場を崩さなかった。

話し合いではなく、立場の押し合いになっていたのです。

「納得」と「同意」は違う

当時の私は、
父親に「納得してもらおう」としていました。

でも今思うと、
それ自体が間違いでした。

納得してもらうことと、
同意してもらうことは、全く別です。

父親は、
私の事情を「理解」することはできても、
それを「受け入れる」気はなかった。

だから、
どれだけ言葉を尽くしても、
話は前に進まなかったのだと思います。

話し合いが平行線になる理由

話し合いが平行線になるとき、
そこにはよくある特徴があります。

・どちらか一方だけが現状を変えたい

・もう一方は現状維持を望んでいる

・変化によって困るのは誰かが明確

今回の場合、
同居を解消すれば困るのは父親でした。

だからこそ、
どんな理由を並べても、
結論を先延ばしにする方向へ話が流れていった。

これは、感情の問題というより、
構造の問題だったのだと思います。

「話し合いをした」という事実だけが残る

結果として残ったのは、
「話し合いをした」という事実だけでした。

でも、
何も決まらない話し合いは、
現状を肯定するだけです。

むしろ、
「ちゃんと話したのに決まらなかった」
という形で、次の行動を難しくしてしまう。

このとき私は、
それに薄々気づいていました。
これは、
話し合いではないのかもしれない、と。

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